1916-1917 DVD 『ミスタンゲット:無声映画特選集』(2016年、LCJ出版社)

Mistinguett : 3 chefs-d’oeuvres du cinéma muet
(2016, LCJ Editions & Productions)

戦前フランスで活躍し「ミス(la Miss)」の愛称で親しまれた舞台パフォーマー、ミスタンゲット。「ミス」は略称であると同時に英語の”ミス”でもあって、こと彼女に関しては「お嬢」と訳したくなる雰囲気を含んでいます。舞台デビューは19世紀末までさかのぼりその後ミュージック・ホールを中心に人気を博していくのですが、移ろ気で口の悪い愛好家も少なくない業界で長きに渡って愛されてきた例外的な芸能人でした。

初期映画界との接点も深く1908年にパテ社短編で映画デビュー、リガダン物喜劇や1914年版『噫無情(レ・ミゼラブル)』にも出演。1916年~17年の主演作3本をまとめたのがこのDVDセットです。以前に触れたように2018年に東京大学で「ミスタンゲットを発見せよ―フランス・サイレント映画の夕べ」が開催されており、その時に上映された『金髪のシニョン』が含まれています。

舞台女優ミスタンゲットの手元に次作の脚本が届けられた。「金髪のシニョン」とあだ名される町娘を演じる予定で、役になりきるためそれらしく扮装して場末の酒場に乗り出してみた。そこで出会ったのは胡散臭い3人組の男。誤って貴金属を身に着けたままだったのを気づかれ、ミスタンゲットは男たちに追われる羽目となつた…

『金髪のシニョン』(Chignon d’or, 1916, 51分)


お針子として働いていたマルゴは仕事帰りに同僚とミュージック・ホ-ルに足を向けた。「あんたって花形女優のミスタンゲットにそっくりだよね」。マルゴは自分とそっくりな女優に熱を上げ夜遅くまで舞台にかじりついていた。厳格な父親には理解されず、家出したマルゴは張り子の仕事を失い通りの花売りとなつた。ある日、そんなマルゴに偶然に目を止めたのがミスタンゲットの彼氏ポッジであつた…

『巴里の花』(Fleur de Paris, 1916, 43分)


女探偵として知られるミスタンゲットは激務の合間に婚約者ジャンとの束の間の逢瀬を楽しんでいた。ジャンは諜報機関に属しており、敵国の潜水艇の動きを調べるべく南仏ニースへと向かった。だがジャンの動きは敵に見ぬかれ、罠に落ちた男は銃撃を受け重傷を負う。電報でその知らせを受け取ったミスタンゲットは鳥打帽の男に変装し、単身で敵のアジトに侵入を試みる…

『女探偵ミスタンゲット』(Mistinguett détéctive, 1917, 30分)

『金髪のシニョン』は下町犯罪物とハリウッド製連続活劇を混ぜた発想で、ヒロインが屋根伝いに敵から逃れたり地下室で炎に巻かれるなどアクションの要素を強調。『巴里の花』はコミカルな調子で始まりつつ、次第に「人違い(quiproquo)」のドラマが展開し最後はメロドラマとして閉じていきます。『女探偵』は敵国の諜報活動をミスタンゲットが撃退する物語で第一次大戦下の愛国主義の空気も反映しています。

3作いずれも監督はアンドレ・ユゴン。1920年代作品(『カマルグの王』)の9.5ミリ版紹介で触れたようにパテ、ゴーモン、エクレール社の大手と距離を置き、自社で映画製作を行った仏インディ映画監督のさきがけでもあります。作品で個性を主張するタイプではなく、職人肌でかっちりした娯楽作をまとめるのを得意としていてこのDVDセットでもその実力を再確認することができます。

[原題]
Mistinguett : 3 chefs-D’oeuvres du cinéma muet

[出版年月日]
2016年7月15日

[出版者]
LCJ出版社(LCJ Editions & Productions)

[EAN]
3550460051502

[再生時間]
120分

[フォーマット]
18.03 x 13.76 x 1.48cm 83.16g

ミスタンゲット Mistinguett (1873 – 1956) 仏

フランス [France]より

Mistinguett Autographed Postcard

2018年12月、東京大学で『ミスタンゲットを発見せよ――フランス・サイレント映画の夕べ』が開催されていました。1910年代の短編3本に弁士の語りを加えた内容で日本でも無声映画女優としての彼女にスポットが当たったのは喜ばしい出来事でした。

公私ともに付きあいのあったモーリス・シュヴァリエと並び、ミスタンゲットは1920~50年代のフランス下町文化を代表する位置付けです。日本で言うと昭和レトロに近い懐かしさを覚える世界がフランスにもあって、そこにミスタンゲットの姿と歌声が含まれている訳です。下町っ子らしい、気さくで、愛嬌と温かみを感じる「粋」が彼女の持ち味です。

[IMDb]
Mistinguett

[Movie Walker]


[出身地]
フランス (アンジャン=レ=バン)

[誕生日]
4月3日

[データ]
Edition artistique de WALERY, photographe. 9 bis, rue de Londres, Paris

« A Gabrielle Marrodin
souvenir,
Mistinguett »
ルーマニアのヴァスルイ在住のガブリエル・マロディン嬢宛

[サイズ]
8.9 × 13.8 cm

1922 – 9.5mm 『カマルグの王』(アンドレ・ユゴン監督)

「9.5ミリ 劇映画」より

魔法をつかふ一人のボヘミアの女がルノ婚約女であるリヴエットに或る運命を告げました。所がその勇氣と武功とから人々の賞讃を得た傲慢なルノーはカマルグ王の綽名を受けたのであります。而してリヴエットを怖れさせた魔法つかひを罸しやうと思ひました。併しそのボヘミアの女に出會つた彼はその女から發する不思議なチヤームに捕へられたのであります。でその眼の權威とその輝やくほゝ笑みから彼女はルノーに泥地の眞中の一軒家であひゞきを約束しました。とその婚約者の裏切りを知らされたリヴエットは不實ものに出會ふべく同じ場所へと赴いたのであります。けれどルノーは人々が踏込むたゞ一つの淺瀬を示したその標示杭を變へたのであります。それでリヴエツトは彼女を葬むつた泥水よりも尚一層ルノーの裏切りから死んだのであります。この立派なドラマのその感動させる演出の所作にプロヴアンスの美しき空がまた詩的なありさまを加へます。

『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』
(大橋善次郎編集・出版、1926年)

1890年に公刊された地方色の色濃い運命劇をアンドレ・ユゴン監督が自身の脚本を元に映像化した一作。ゴーモン=パテ社アーカイヴに35ミリを元にした一時間版が現存。

冒頭から西部劇風の世界が展開し驚かされますが、南仏カマルグに伝わる独自の土着文化を元にしたものです。二枚目俳優として人気のあったシャルル・ド・ロシュフォールが「カマルグ王」を演じ、若手女優として台頭していたエルミール・ヴォーティエがヒロイン役、呪術的な力を持つ流浪の女にクロード・メレルを配しています。

アンドレ・ユゴンは大手制作会社と一線を画した独立系/仏インディ系映画監督の祖に位置づけられる人物です。ユゴン映画社製作による本作は宿命劇、土着風味やメロドラマの要素を上手く絡めて要を得た作品に仕上がっています。

本作の特徴としてはあまり強調したくないのですが、『カマルグの王』はフランスで初めて長編劇映画に女性の全裸を登場させた作品になるのではないかと思われます(9.5ミリ版ではカット)。1920年代のフランスの規制はアメリカや日本に比べて緩く、濡れ場とは違う、文脈に沿った裸体は許容される傾向にありました。倫理規制の強い時代ですし、原作に基くとは言え当時も賛否両論あったと思われます。それでも商業的リスクの大きいチャレンジに取り組む辺りが大手の監督とはやはり異なった姿勢となっています。

9.5ミリ版は1924年発売。早い時期に絶版になったタイトルで今回入手したフィルムもほぼ一世紀前のものとなります。1/4程に切り詰められていてもオリジナルの良さをある程度伝えているのかな、と。脚本の完成度、演技・演出の質も高く1920年の『労働』(アンリ・プクタル監督)、1919年の『恋するスルタン』と並び1920年前後の仏映画を代表する隠れた名作の一つです。

[公開年]
1922年

[IMDB]
Le Roi de Camargue

[メーカー]
仏パテ社

[メーカー記号]
692

[9.5ミリ版発売年]
1924年

[フォーマット]
9.5mm 無声 10m×6巻

瀧 蓮子 (生没年不詳)

日本・女優 [Japanese actresses]より

Taki Renko c1930 Autographed Postcard

蓮子さんは『サロメ』を演りたいと何日も云ひます。みどり孃とは正反對に理智的な女性で、岩田祐吉氏に藝才滿點と賞められたことがありました。將來有望な若手で、矢張り研究所出です。

「藝才滿點と云はれた瀧蓮子孃」
『映画女優スタアになるまで』、小池善彦著、章華社、1926年

本名笠原らく。

蒲田研究所で演技を学び、その後は舞台(解散直前の築地小劇場)を中心に活躍。1928年10月の『国姓爺合戦』には杉村春子、及川道子さんと並び女官役で出演、同年末の『晩春騒夜』で山本安英らと共演。1930年代初頭に数本のトーキー映画に出演の記録あり。1934年に関西新派が結成された才にはその中心メンバーとして道頓堀・角座の舞台に立つ。1937年に東愛子の提言で国防婦人会の松竹分会が結成された折に副会長に就任した記録が残っています。

小山内薫系の舞台女優さんで映画との接点こそ少ないものの、杉村春子関連の文章ではしばしば名前があがってきます。また1934年にラジオで漫才が初めて公開放送された(『家庭天気図』、秋田実作)際に山口俊雄氏と共に主演を務め、ラジオ漫才の普及にも一役買っています。

[JMDb]
滝蓮子

[IMDb]


[生年月日]
不詳

戦前期(1910~20年代)直筆サイン物の真贋鑑定について(3)

サイン物の真贋判定の第3段階では人の手によって残されたサインを幾つかのグループに分け「真筆」を特定していきます。筆跡の癖などの話はこの段階で初めて重要になってくるものです。

[03a] 代筆(会社)

本人ではなく代理の人物によって残されたサインを代筆と定義します。英語では「secretary autograph」と表現されるもので政治家などの要人が「秘書(secretary)」に署名を代筆させていたイメージとつながっています。今回鑑定対象としている無声映画期の俳優の場合、所属会社の指示によって、あるいはその許可を得る形で広報担当者などがプロモ写真にサインしたものがこれにあたります。

ハリウッドではこの慣習は比較的早くからあったようです。仏モーリス・トゥールヌールが渡米後に監督した初期作の一つ『ガールズ・フォリー』(1917年)には、西部劇映画のリハーサル撮影中、主演男優の付き人が楽屋でプロモ写真に代筆している場面が描かれています。

「他人に自分の署名をさせるなんて不思議な国だ」、トゥールヌールの面白がっている様子が伝わってくる場面です。

この時期の代筆の特徴として、代筆者は俳優の筆跡を模倣せず自身の手癖でサインしていきます。クレア・ウィンザーの例を見ていきましょう。

上の2点が若い頃のサイン、一番下が晩年のボールペンサインです。彼女の署名の特徴を4つ挙げることができます。

1)大文字「C」の書き出しが内側にクルンと回っている
2)大文字「W」はギザギザにならず、底面が丸みを帯びる
3)「To -」「1927 -」のように、単語間にハイフン「-」を入れる手癖がある
4)小文字「d」に関して、若い頃は縦棒を「ℓ」のような縦長の輪で書いているが、後年になると「C」を左右反転させた字体に変化している

そしてこちらが代筆サイン。1)から4)のどの特徴も備えていない別人の筆跡です。

もう一例、1920年前後にヴァイタグラフ社の花形として活躍したコリンヌ・ゴリフィスを見ていきます。

コリンヌ・ゴリフィスは癖の強いサインの持ち主で、真筆の特徴として:

1)大文字「C」を縦に細長く書く(コリーン・ムーアも似た特徴があります)
2)大文字「G」は左上の丸と斜めの線を組みあわせた独特のデザインで小文字「y」の筆記体に似ている
3)小文字「i」の点が輪になる、を挙げることができます。

こちらが代筆によるサインでやはり1)~3)の特徴は見られません。

後年になると代筆者がオリジナルに「寄せる」例も見られるようになりますが、1910~20年代の俳優サインに関してそこまで紛らわしいケースは見た覚えがありません。真筆の特徴をきちんと把握していれば問題なく対応できるレベルかな、と思います。

ちなみに仏オートグラフ専門店「テスタール(Testart)」のサイトに代筆/真筆を比較したページがあります。マーロン・ブランドやクラーク・ゲーブル、あるいはウォルト・ディズニーなどのサイン画像がありますので参考にどうぞ。

[03b] 代筆(家族)

数としては少ないものの、代筆サインには会社由来とは質を違えたものが含まれています。何らかの理由で本人の家族がサインを代行したパターンです。有名な例がジーン・ハーロウとロミー・シュナイダー。いずれも女優の母親が代筆者となっており、とりわけジーン・ハーロウの場合は本人直筆はほとんど存在しないとされる位代筆の割合が高くなっています。

二人のサインは大文字「H」が大きく違っていて、直筆(左)では二画目で右の縦棒を下した後そのまま斜めに撥ねる形で続けて横棒に。母親の代筆(右)は「H」を三画に分けて書いています。

ロミー・シュナイダーの母親は戦前に活躍した女優マグダ・シュナイダーです。

左が本人直筆。小文字「a」「i」「e」が縦長に書かれ左右に詰まったサインになります。右は母親による代筆で、文字全体が右に傾いてなおかつ横一列にスッと伸びた筆跡です。

オートグラフ専門店で代筆が誤って売られるケースは見られませんが、イーベイやヤフオクにはこういったサインも「直筆」として紛れこんでくることがあります。色々と知っておくに越したことはない、という感じです。

[03c] 偽作(悪意なし)

古いサイン物の鑑定において意外と見落とされやすく、なおかつ紛らわしいタイプとして「悪意のない偽作」を挙げることができます。

例えば絵葉書やブロマイドの元々の所有者が、被写体が誰か分かるようにペンで名前をちょこっと書いておいた「備忘録」パターン、あるいは所有者本人やその知人・友人、時によってはお子さんがいたずら半分に名前を書いたパターンなど、特に深い他意はなく俳優名を書いてしまうケースだってあるわけです。時間が経って元の持ち主の手から離れてしまい、しかもそれが鑑定能力のないセラーの手に渡ってしまったとき間違って「直筆物」として売られてしまう…

例えばグロリア・スワンソンの真筆は大文字の「G」「S」ともにデザイン化された流麗な筆跡で上の写真とは似ても似つかないものです。桑野通子さんの例では名前の漢字(通/道)が間違っています。フェイクと言ってしまえばそれまでですが2例ともに贋作にしては稚拙すぎ、売り物にするために残されたサインとは異なると考えられます。

このパターンの派生形は厄介です。

以前に直筆物を紹介したアニー・オンドラと縁の深いチェコ出身の俳優兼監督、カレル・ラマーチの絵葉書です。写真面に1926年6月18日付のペン書きサインがあります。

拡大し、名前の末尾から伸びた弓型の線を見てみます。右の拡大図を見ると細い線(上)と太い線(下)の二重線になっているのが分かるでしょうか。元々の絵葉書に黒文字の印刷サイン(細)があって、後年、誰かがそれをペンで上書きした(太)形になっているのです。

レオポルディーネ・コンスタンチン(上)、山根寿子(下)さんのケースでは絵葉書に印刷された白字のサインを上書きする形で万年筆の黒いサインが残されています。

上書き系サインは1) 一部で線が二重になっており(黄緑色の丸)、2) 普段そのサインを書きなれていない人が書いているため筆跡が汚く初見でも違和感を覚えさせるものです。それでも元々の手癖が残っていますし、普通は印刷物に別人が上書きするという発想は思いつかないため紛らわしいことこの上ありません。悪意のない/悪意ある偽作の境界例、グレーゾーンに位置付けることができるでしょう。

[03d] 偽作(悪意あり)

オートグラフ市場ではロック・ポップ系のミュージシャン、野球やサッカーなどのスポーツ選手、米露大統領を筆頭とする政治家等、知名度と比例するように贋造サイン(fake autograph)も出回りやすくなっています。業界の努力(供給側でのコントロール、証明書制度の整備)にも関わらず撲滅できていないのが現状です。

とはいえサイレント映画関連のサイン市場は規模の小さなものです。万年筆サインは贋作には向いているとは言えず、誰の相場が高いのか、内容を含めどういう書き方をすれば価値が上がるのかなど学ばなくてはいけないことも多い…チャップリンなど僅かな例外を除くと贋作者のターゲットにされにくいジャンルだと言えます。

また手書きの模倣を高額で売り抜く手法は目につきやすいものでもあります。極端な話、チャップリンやキートン、ロイド、ガルボ、ルイーズ・ブルックスの「新作サイン物」を毎週のように発表していたらすぐにおかしいと思われるでしょう。こういったリスクの高い古典的手法を採る人はさすがに見られなくなってはいますが、一方で目立ちにくい巧妙な手法を選ぶ人もいます。

例えば出品画像に別サイトから拾ってきた真筆のスキャン画像を使い、実際はA4用紙にプリントアウトしたコピーを大量に販売している方がいました。上はそのセラーの出品リストに「無声(silent)」でフィルターをかけたもの。チャップリン、ファルコネッティやパール・ホワイト、ニタ・ナルディにヴィルマ・バンキー、メアリー・マイルズ・ミンターまであります。

本物であれば専門店で20万円位になるでしょうか。

商品タイトルの末尾に「印刷(preprint)」と明記されているものの、写真だけを見て文章を読まない不注意な人物、英語を苦手としている人、新規のコレクターが勘違いしてしまう可能性はあります。慌てて即決を押してしまった時、実際に届くのはペラペラな紙に印刷され「センターがずれている」カラーコピー1枚だそうです。

価格は1000円程に設定されています。言い方を換えると200人が勘違いしてくれれば実物を売ったのと同じ売上が手に入る計算(しかも元手はほぼかからない)になります。この金額なら訴えられないだろうの計算も見て取れますし、文句を言われたとしても「勘違いした方が悪い」で逃げ切ることができます。

ゼロリスク・ローリターン、薄利多売で罠に落ちる人を気長に待ち構える「優良誤認型」の手法は日本のネットオークションでも散見。複数の実物画像を用意しておらず、「イメージ写真」のみ掲載しているタイプの売り方にはジャンルに関わらず注意が必要です。

[04] 真筆

様々な不純物を取り除いていくと最後に「真筆」が残ります。

実際には真筆をより分けていくと同時に個別の価値も見ていきます。保存状態の良し悪し、筆跡の丁寧さ、キャリアの盛期に書かれたものか業界を離れてからのものか、日付や場所が特定されているかどうか、特別なメッセージが添えられているか名前だけ書かれたものか…多くのパラメーターを総合して「希少性が高い」云々の話が出てくることになります。

また1910~20年代にリアルタイムで活動していたサイン収集家の動きをできるかぎり記録にとどめておきたいと考えています。イタリアのブレシア拠点で活動していたエドヴィーゲ・トニ、英国で劇場勤めの傍らサインを集めていたチャールズ・トープ、10年代末に膨大なコレクションを所有していた独ケルン在住フィア・エーマンス、ポートレート撮影の折に記念のサインを書いてもらっていた米写真家ドナルド・キース、関西の熱烈な活動写真の愛好家(髙島栄一、宇治雅一)…

チャールズ・トープ氏サイン帳より自筆署名、ハンス・ルートヴィヒ・ヘーニッヒ氏(ウィーン)及び宇治雅一氏(大阪)の所蔵印

フィア・エーマンス嬢(ケルン)、ローザ・パスツール嬢(南米)、髙島栄一氏(兵庫)宛の宛名書き

一世紀前に自分が直接に(in person)書いてもらった物ではないからこそ、サインが当初どう発生したか見える状態にしておくのは大事だと思うのです。購入した牛肉の産地を追跡できる仕組みでブランド肉を保証しているのと同じ考え方(トレーサビリティ)でしょうか。

そういった意味でサインにまつわる小ネタ、エピソードも重要な役割を果たします。先日入手した伊藤大輔氏の署名入りの栞はその好例だったりします。

サイン物の鑑定というとテクニカルな話に終始しがちですが、直筆物の「真正さ(authenticity)」はかならずしも「モノ」の側面だけで語られるものではなかったりします。物理的な意味で真正であるのは当然として、さらに個々のサイン物にまつわる出来事、つまり「コト」の真正さがあって、両者が合致し補完しあうことでその直筆の「真」が完成する、そんな風に考えることができる訳です。

戦前期(1910~20年代)直筆サイン物の真贋鑑定について(1)

当サイトでは1910~20年代のサイン物(サイン入り絵葉書、写真、書簡)を多く紹介しています。直筆物を扱っていく際に鑑定作業は避けて通れないものです。オンラインの質問サイトでもこの手の質問は繰り返し上がってくるものですし、一般論としても興味のある方はいるのではないかな、と。

本サイトで行っている真贋判定の基本のフローは以下の形です。

3段階の判定を経て「真筆」に辿りつくことになります。

[01] 印刷物のサインをより分けていく

真贋判定の第一ステップとして、印刷サインをそれ以外から選り分けていきます。

無声映画の時代にはボールペンやマジック、シャープペンシルは存在していませんでした。直筆サインの多くは万年筆によるもので、鉛筆やクレヨンなど若干の例外が混ざってくる形になります。

鋭い金属の先端を押しつけて書く構造上、万年筆は紙に窪んだ跡を残しやすい特徴を持っています。筆圧によっては紙の繊維そのものが切断されているのが見えたりするほどです。万年筆サインと印刷サインの違いを見抜くにはこの「跡」が見えるようになるのが大切です。

こちらは以前に紹介したナジモヴァの直筆サインで拡大すると小文字の「a」の縦線中央にやや濃い色の線が入っている(写真右)のが分かるかと思います。万年筆の先端が触れた個所が浅い窪みとなりインクの溜まったものです。

こちらは『アジアの嵐』に主演していたインキジノフの直筆サイン。拡大してみるとやはり万年筆の先端で紙の繊維が切れ、インクが溜まって濃い色の線ができているのが分かります(写真右上)。万年筆の先は二股になっているため、角度によっては先端が割れて筆跡の両端を縁取るように濃い線が残る場合もあります(写真右下)。

スキャンでは濃淡の違いしか分かりませんが、紙を光にかざすとこの部分が「段差」として見えるようになります。

エニッド・ベネットの直筆サインでは、大文字「E」の書き始め、小文字の「n」、名前の下の下線の書き出し部分の筆圧が高いため万年筆の跡が残っています。斜めに光にかざすとその部分が窪んでいるのが分かります。

浦邉粂子さんのサイン絵葉書を見ていきましょう。「粂」の字に着目します。光の当て方は右のように光源が直接サインを照らす形にすると分かりやすいです。段差になった部分は光の反射角が変わるため白く照り返して見えます。

比較対象として印刷サインを見ていきます。下の写真は1910年代後半に人気のあったキャスリン・マクドナルドの絵葉書をスキャンしたものです。

拡大してみるとペン先による凹凸がなく非常にフラットなのが分かります(写真右上)。光の当て方を変えると浅い折皺が浮かび上がるだけで筆圧による窪みはありません(写真右下)。こういう見え方をするのが印刷物だ、となるわけです。

確認していくのは「窪み」とは限りません。逆に「盛り上がり」をみることもあります。

1910~20年ごろの映画界では写真のネガにサインを書きこむケースが多くみられました。複製したポジでは反転されて白文字のサインになるパターンです。下はチャールズ・レイの印刷サインで非常にフラット(平ら)な出方をしています。

一方で当時、暗い地色にあえて白インクでサインすることもありました。濃い修正液に似た質感で、紙に乗った感じの盛り上がった筆跡になります。(自分の所有物ではありませんが)下のジョゼフィーン・ヒルの例が分かりやすいでしょうか。

書く速度がゆっくりな個所、筆跡が重なった部分などにインクが溜まって盛り上がる形になっています。

ブライアント・ウォッシュバーンの白文字サインでもインクの濃淡が均一ではなく、文字を縁取るように濃い部分ができて盛り上がる形になっています。

「印刷か否かを確かめるために光に翳す」行為は言い換えると「光の反射角に注目し、物理的な厚み・高さの変化を見ている」ことになります。写真や絵葉書、ブロマイド、無地の紙にインクという異物が置かれることで起きた「物理的」な状態変化を何らかの形で見つけ出していくのです。

このアプローチの応用として次のような例を挙げることができます。

リートリス・ジョイの直筆物。保存状態は良くありませんが真贋鑑定の視点では興味深いサンプルになっています。緑色の矢印は万年筆の先端で削られた個所で、場所によってインクの劣化で白く褪せた出方になっています。また、水色の丸の部分では薄い傷がサインを横切っています。この部分を拡大してみると:

インクの部分で高さが変わるため薄い傷が完全にはつながっておらず途切れています。直筆サインでは手書きで書かれたインク部と背景の紙で「ダメージの出方に変化がある」例となっています。

先ほどのキャスリン・マクドナルドの印刷サインで「Sincerely」の後半の拡大です。経年の劣化で発生した黄土色のシミが文字と地の部分にまたがっています。手書きで置かれたインクではないため、印刷された文字であろうと背景であろうと関係なく「一様にダメージが発生している」訳です。

◇◇◇

経年変化などもあり、サイン物は手書きであれ印刷であれ一枚一枚異なっています。それでも基本的な考え方は同一で、文字を書くという行為で発生した状態変化を見つけることができるかできないかという作業を行っていきます。この辺は慣れと経験値も重要で、真筆と印刷物を比べながらある程度の枚数を見ていくことで目視でも100パーセントに近い鑑定精度までもっていくことができます。

目視に頼らず、ツールを使ってスマートに一発で判断できないかという疑問も当然出てくるでしょう。

サインそのものに触れて良いのであれば色々な手段が考えられます。薬品(極端な話、水一滴)を垂らす、ピックゲージを使用して段差の変化をミクロン単位で測るなどすれば状態変化を可視化できます。しかしサイン鑑定は「元のサインにダメージを与えない」が大前提となっているため、この視点からどちらの方法も不可とされます。直接触れないで…となると光の反射率測定装置を使う(=光沢の違いを測定する)手法があります。

とはいえ印刷物か否かの判断は鑑定の第一段階に過ぎないものです。印刷物を弾いても「印刷ではないから真筆である」という結論にはなりません。鑑定精度を上げる補助ツールはありえるにしても「スマートに一発で」真贋を判定できる手段は現状ない、の回答になるのだと思われます。

戦前期(1910~20年代)直筆サイン物の真贋鑑定について(2)

印刷物のサインを外していくと残りがすべて真筆となるかというとそうではありません。インクが乗っているにも関わらず「手書きではない」パターンがあるからです。無声映画期、1910~20年代にはスタンプ(ゴム印)とオートペンによるサイン物が流通していました。サイン鑑定の第2段階でこれらを弾いていきます。

[02a] スタンプ(ゴム印)

1910年代後半~20年代初頭にかけ、ハリウッドでは直筆サインを基にゴム印を作成しプロモ写真に押すことでサインの代わりとする習慣がありました。

[スタンプ式サインの使用が確認できているサイレント時代の俳優]

リリアン・ギッシュ、ドロシー・ギッシュ、セダ・バラ、ナジモヴァ、早川雪洲、メエ・ブッシュ、マージョリー・ドウ、アンナ・Q・ニルセン、メイ・アリソン、マリー・ウエルカンプ、ポーリン・フレデリック、ノーマ・シアラー、エミール・ヤニングス等

ほぼ全てが合衆国/ハリウッド俳優です。和物では一度も見たことがなく、欧州では(渡米経験のある)エミール・ヤニングスが使用していました。

スタンプに使用されるインクの顔料成分は万年筆と異なっており、時間が経って擦れ気味になるとまだら模様になります。また万年筆の筆跡に見られる力加減に応じた濃淡の違いはなく、ペタンとした平面的な見え方になるのが特徴です。

所詮はスタンプなので判別は簡単…とはいきません。例えばマリー・プレヴォーの筆跡は華奢でまだらが模様が見えにくく、遠目で見ると直筆にも見えます。市場でも誤って「真筆」として売買されやすいスタンプ物の一つです。

アンナ・Q・ニルセンも厄介です。次の4枚の写真のうち、1枚だけスタンプ物があるのですが分かりますか?

答えは②になります(①③④は直筆)。スタンプが混ざっている前提で見れば答えは出しやすいと思います。予告なしに4枚とも「アンナ・Q・ニルセンの直筆」として売りに出されていたら…②も直筆と勘違いする人が出てきてしまいそうです。

[02b] オートペン

サイン複製機「オートペン・モデル80」(左)と米オートペン社ホームページより「モデル50」紹介(右)

「オートペン」はプラスチック製のマトリクスに記録した動きでサインを自動的に複製する機械の名称です。合衆国では戦前から現在に至るまで政治家や研究者、宇宙飛行士、スポーツ選手らによって使用されてきました。初期ハリウッドでも一時期フアンレターへの返信用のサインにオートペンが用いられています。

無声映画期の俳優ではヴァレンチノの相手役として話題を呼んだハンガリー出身女優、ヴィルマ・バンキーがオートペンを使っていました。

文面の異なった2通。インクがしっかり乗った万年筆書きのサインですが本人直筆ではありません。オートペンによるサインは:

1)筆跡が細かな部分まで一致する
2)筆圧が最初から最後まで一定で、払いや撥ねの部分でも文字の太さが変わらない

の二つの特徴があります。直筆物と比べると違いが分かりやすいかと思います。

直筆は筆圧の変化があり、力を籠めたり抜いたりした濃淡、太細があって生気が感じられます。オートペンは二次元方向の動きを機械的に再現しているだけですので人肌の感触が残っていません。

とはいえオートペンサインは万年筆の先端で紙をなぞった跡が残ります。真筆を見たことがない俳優のサインがたまたま手に入ったとき、初見で、しかも比較対象がない状態で「機械による複製」と断定はしにくかったりします。

無数にあるサイン物から印刷物を省いていき、次いで人の手によるものではないサイン(スタンプ、オートペン)を取り除いていくと最後に人の手によって書かれたサインが残ります。最終第3ステップではここから本人の手による「真筆」とそれ以外をより分けていきます。

映写機用レンズの肖像 [09]: 独メイヤー・ゲルリッツ社 キノン・スーペリアー I f=25ミリ

Meyer Görlitz Kinon Superior I F=25mm Projection Lens from Eumig P3 8mm Silent Projector

以前にf=20mm40mmの2本を紹介した独メイヤー・ゲルリッツ社の映写機用レンズ「キノン・スーペリアー」の25mmを手に入れることができました。3群4枚のペッツバール型。1930年代中盤に市販されていた墺オイミッヒ社の8ミリ映写機P3についていたものです。

映写機は配線が大きくいじられていて現状で動かないのですが、スイッチ類を変えれば使えそうな気配もあってレストアするかどうか思案中。ひとまず先にレンズの写りを試してみました。

前回同様にイハゲー社の金属製エクステンションチューブ一部を流用し、3Dプリンタで作成した樹脂リングをかませる形でExaktaマウントに変更、さらにマイクロフォーサーズに変換してミラーレスカメラに取り付けていきます。

外出ついでに試写してみたのが下のサンプル画像2枚。

f=20mmと同じくイメージセンサーより若干小さく映るため四隅がケラレています。コーティングされていない戦前レンズで逆光に弱いものの、点光源が多い被写体を選ぶと強いグルグルボケが発生。

白黒フィルムを前提に作られているにもかかわらず色の立ち具合の強いレンズでもあります。レンズ中央で色味の強い対象を捉え、周辺(今回は左半分)に点光源を置くと面白いアウトプットになります。

1952年頃のメイヤー社カタログより。キノンに関しては1.8/35mm、1.8/50mm、1.8/65mm、2.2/65mm、1.6/105mmの5種類を掲載。20mmや25mm辺りの短い焦点距離は戦後作られなくなっていたのが分かります。

試写に使用したマイクロフォーサーズのセンサーサイズであればf=25~35mmで十分な気がしました。センサーサイズの大きなカメラで使うなら50~65mmを見つけたいところです。

ラヴィニア・ウォーレン Lavinia Warren (1842 – 1919) 米 & プリモ・マグリ伯爵 Primo Magri 伊

小人症映画小史(03)

Lavinia Warren (aka Mrs. General Tom Thumb aka Countess Lavinia Magri) & Count Primo Magri
1909 Autographed Postcard

1900年代初頭、ラヴィニアとマグリ伯爵は夏になるとニューヨークのコニーアイランドにある「小人の町・リリプティア」に出演するようになった。リリプティアはいわゆる「小人の町」で、町としての機能を完全に残しつつもサイズ感だけを縮小しつつ、あちこちのサーカスや見世物小屋から雇い入れた小人症パフォーマー300余名が不自由なく生活できるようになっていた。

コニーアイランドを離れた後、ラヴィニアとマグリ伯爵はハリウッドへと足を伸ばした。新進著しい映画産業の中心地として東海岸に取って代わった直後の時期である。1914年にラヴィニアとマグリ伯爵は無声映画作品『小人求婚譚』に出演。ラヴィニアは『プチ婦人』、伯爵は『ノミ伯父さん』役を演じていた。

マグリ伯爵と再婚していた時期ですら、ラヴィニアはもっぱら親指トム将軍の未亡人として知られていた。ラヴィニア自身、トム将軍の名前の響きが備えた抗いがたい力を熟知していたのである。写真に「ラヴィニア・マグリ伯爵夫人」とサインする時も、「親指トム将軍夫人」と書き添えることが多かった。

『親指トム将軍:ある小人男の驚くべき真実のストーリー』
(ジョージ・サリヴァン著、2011年)

[…] early in the 1900s, Lavinia and the Count began to spend their summers as performers at « Lilliputia » at New York’s Coney Island. Lilliputia was a « midget city », a complete village scaled in size to accommodate some 300 dwarfs who had been hired awar from circuses and carnival sideshows. […]

After Coney Island, Lavinia and the Count traveled to Hollywood, which had recently replaced the East Coast as the center of the fast growing movie industry. In 1914, Lavinia and the Count appeared in The Lilliputians’ Courtship. a silent film. Lavinia was cast as « Lady Petite », the Count as « Uncle Tiny Mite ». […]

Even during the time she was married to Count Magri, Lavinia was generally known as Tom Thumb’s widow. She well knew the drawing power of Tom’s name. […] And while she signed souvenir photographs as « Countess Lavinia Magri, » she frequently added « Mrs. General Tom Thumb. »

Tom Thumb : The Remarkable True Story of a Man in Miniature
(George Sullivan, Clarion Books, 2011)

1842年米マサチューセッツ州生まれ。教職を本業とし、舞台で歌や楽器演奏を副業としていた時期にスカウトを受け芸人として独立。P・T・バーナム主催の巡業公演中に知り合った親指トム将軍(本名チャールズ・ストラットン)に見初められ1864年に結婚。婚礼の様子は大々的にメディアで取り上げられ、リンカーン大統領主催によるホワイトハウス歓迎会に招待されるなど当時最も知名度の高い小人症パフォーマーの一人となりました。本邦での知名度は高くありませんが通常在庫品は14:00まで当日発送 平日・土曜日のみ 【TIG部品】ダイヘン ノズル No.6 H21B21【AWX-2081用】でトップに置かれている無名の写真はラヴィニアさんの肖像です。

親指トム将軍とラヴィニア・ウォーレン婚礼の様子を
撮影したキャビネット写真(19世紀後半、個人コレクション)

1904年、コニーアイランドに大型アミューズメントパーク「ドリームランド」が建設された際、その人気企画となった小人の町・リリプティアに参加。1910年代後半に表舞台を退き夫と共に飲食店の経営を行い1919年に亡くなっています。

『コニーアイランドの歴史』(History of Coney Island, William Reynolds, NY: Burroughs & Co., 1904)より

最晩年に夫のマグリ氏と共に映画に出演。1915年に米ミューチャル社から配給された『小人婚活譚』(The Lilliputians’ Courtship)でフィルムは現存しておらず、姿が記録された動画は存在していないようです。

今回入手したのは1909年にパリで開催されたイベント「リリパットの小人王国」に参加した際の絵葉書。夫マグリ氏との連名サインが残されています。

[IMDb]
Lavinia Warren

[Movie Walker]


[出身地]
合衆国(マサチューセッツ州ミドルボロ)

[生年月日]
10月31日

1925 – 9.5mm 『三人』 (トッド・ブラウンニング監督)仏フィルム・オフィス社プリント

小人症映画小史(02)

Les Trois « X » (« The Unholy Three », 1925, Metro-Goldwyn-Mayer, dir/Tod Browning) Postwar French Film Office 9.5mm Print

腹話術師のエコー(ロン・チェイニー)、小人症芸人のトウィードルディー(ハリー・アール)、怪力男のヘラクレス(ヴィクター・マクラグレン)が芸を披露している建物には今日も多くの客が集まつていた。観衆の前では愛想笑いを受かべてはいたが、彼らには裏の顔があつた。三人は手つ取り早く大金を稼ぐため奇想天外なる計画を実行するのである。

大通りに面したペットショップに変装した三人が住みこんでいた。売り物のオウムを出しにして、富裕な客の自宅を物色し貴金属を盗み出していく。計画はうまくいったかに見えた。だがエコーの情婦であるスリのロージー(メエ・ブッシュ)が店員として雇われた青年ヘクターと恋に落ちた時、三人の緻密な計画にほころびが生まれ始める…

1932年のカルト作品『フリークス』でも知られるトッド・ブラウニング監督のもう一つの代表作品。1925年のサイレント版と配役変更を行った1930年トーキー版の二つがありこちらはサイレント版。仏フィルム・オフィス社が戦後に発売していた仏語字幕物で100メートルリール4巻構成、上映時間は1時間強。

現行DVDと比べ描写が潰れており良いプリントとは言えません。ただ、今回一部をスキャンして確認したところデジタル化されているUS版とは別プリントだと判明しました。

上の2枚は仲間割れしたヘラクレスがトウィードルディーを車の助手席に押しこんで店を離れる場面です。背景に注目するとUS版DVD(左)では家から出た後の扉が完全に開ききっています。ところが仏9.5ミリ版では扉が反動で戻ってきてしまい半開きになっています(右)。

また3人組が悪だくみの相談をしている場面では9.5ミリ版(右)だと ロン・チェイニーの背後にドアノブが見えているのに対し、DVD版(左)ではカメラの角度が異なっていてドアノブが見えなくなっています。

9.5ミリ版はDVD版と共通のショットの一切ないオルタネイト・バージョンでした。チャップリンのミューチャル短編や20年代のラング作品、あるいは一部のキートン主演作と同様に国外向けに用意された別ネガを基にしているようです。トッド・ブラウンニング作品で海外向けのネガが違っているという話は聞いた覚えがなく驚かされました。

ロン・チェイニーの悲哀、メエ・ブッシュの程よい透明感、ハリー・アールの振り切れた二面性など見どころが多く個人的には『フリークス』以上に優れた作品と見ています。また悪漢三人+美悪女一人のルパン三世的フォーメーションは19世紀までの小説や演劇には見られないもので、遡っていくとこの作品(原作小説は1917年)やジョン・フォードの『三惡人』(1926年)に辿りつきます。

[原題]
The Unholy Three

[IMDb]
The Unholy Three

[Movie Walker]


[公開年]
1925年

[メーカー]
仏フィルム・オフィス社

[フォーマット]
9.5ミリ 白黒無声 120メートル×4巻 ノッチ無し

1914 – 9.5mm 『小人たちの王国 対 巨人国の王ギガス』 (1914年、仏、フェルディナン・ゼッカ)仏パテ社プリント

小人症映画小史(01)

Le Royaume nain de Lilliput contre Gigas le long, prince des géants (1914, Pathé, dir/Ferdinand Zecca) Mid 1920s French Pathé 9.5mm Print

小人国の宮廷で皇女ピッコリーナの婚約が発表された。皇女に横恋慕していた巨人国のギガス王(モーリス・シュヴァリエ)はこの知らせに激怒し姫の拉致を命ずる。新郎新婦の披露の場に向かおうとしたピッコリーナ姫は、巨人族の者たちによって馬車ごとかどわかされてしまう。

求婚したギガス王に返ってきたのは厳しい平手打ちであつた。王はピッコリーナを石牢に幽閉し心変わりを待つ。一方小人国は巨人国に宣戦を布告。皇女を奪還するため軍隊が出動し敵国へと進んでいく。

小人軍の攻撃に巨人族は総崩れとなった。ギガス王は囚われの身となり、牢から救出されたピッコリーナ姫の前に引き出される。兵たちはギガスの処刑を望むのだが慈悲深いピッコリーナはその助命を命ずるのであった。

1914年に公開された短編で、フランス初期映画に貢献の大きいフェルディナン・ゼッカ監督に帰されている一作。GPアーカイヴに15分弱の35ミリ版が現存。9.5ミリ版は2/3に短縮されたもので前半に一か所GP版に存在していない場面が含まれています。

このフイルムの連續は十八世紀に於ける生活の凡ての形ちをもつた腐敗の説明を與へてゐます。スイフトの不朽の傑作ガリヴアーの旅行は 我々を架空の國の中へと運んで行くので、其處には凡ての物が大きさを縮め 世界での最も小男達が巨人の勝利者となるのであります。

「リリツプユの王國」
(『パテーベビーフヰルム 解説書 No. 1』、大橋善次郎編集・出版、1926年)

当時9.5ミリ版は日本にも輸入され流通していました。大橋氏はタイトルを直訳し「リリツプユの王國」として紹介。フィルムを卸していた三友商会のカタログでは「小人國と大人國の戰爭」となっています。ヤフオクでは後者のタイトルで売られているのを見た覚えがあります。

この映画は1909年にパリで開催された屋外型娯楽イベント「リリパットの小人王国」から派生してきたプロジェクトでもありました。フィルムにクレジットはされていませんが主演は同イベントに参加していたドイツのツーシュケ小人一座。敵役のギガス王に(後に国際的スターとなる)若き日のモーリス・シュヴァリエが配されています。

ツーシュケ小人座(Tschuschkes Liliputaner-Truppe)の集合写真をあしらった1913年頃の絵葉書(個人コレクションより)。フィルムとの対応を下に示しておきます。

また作品途中にパイプを手にしたぽっちゃり型の王国民が登場。「トルコの一寸法師」として知られた小人症のピン芸人、ハヤティ・ハッシド(Hayati Hassid)氏です。

Hayati Hassid, « the Turkish Tom Thumb »
1909 Autographed Postcard

身体障碍(disability)と表現をめぐる近年の研究で指摘されているように初期映画で小人症の役者は「個人」として認められていませんでした。わずかな例外(仏デルファン、マルヴァル、米ハーバート・ライス、ハリー・アール)を除くと役者名のクレジットがないため映像が残っていても誰か分からないケースが目立つのです。そういった欠落を埋め、不均衡を是正していくのも後世の役割ではないかなと思います。

[IMDb]
Le royaume nain de Lilliput contre Gigas le long, prince des géants

[Movie Walker]


[公開]
1914年1月2日

[9.5ミリ版タイトル]
Royaume de Lilliput

[カタログ番号]
198

[フォーマット] 10m×7、ノッチ有、白黒無声

1925 – 『國定忠治』 (東亜キネマ、マキノ省三監督) 絵葉書3点 澤田正二郎主演

Kunisada Chûji (1925, Tôa Kinema, dir/Makino Shôzô) 1925 Promotional Postcards

澤田正二郎氏が等持院にて映畫製作の風評あれど、次號にて詳報す。

「撮影所通信:東亞等持院通信」
(キネマ旬報第178号 大正14年11月21日付)

澤田正二郎氏一派の映畫製作は愈々實現される事となり、第壹回作品は「國定忠治」と決し十一月廿七日より等持院撮影所に於て牧野省三氏總指揮の下に撮影を開始した。監督は金森万象氏二川文太郎氏仁科熊彦氏の三氏が擔當し、撮影は宮崎安吉氏持田米彦氏が擔當した。尚第弐回作品には菊池寛氏の「恩讐の彼方」と内定し本年度中に完成する豫定である。さらに來年度には中里介山氏の「大菩薩峠」を映畫化する計畫もある由である。

「撮影所通信:東亞等持院通信」
(キネマ旬報第179号 1924年12月1日付)

大正14年(1925年)1月に公開された『國定忠治』の宣材絵葉書3点。

1枚目は旅姿の忠治(澤田正二郎)を斜め前から捉えた立ち姿。8ミリ版フィルム外箱の写真と似た構図ながらスチル写真のため表情や姿勢に異同が見られます。

2枚目は8ミリ版に対応する場面のなかった一枚。右の女優さんは「夙に澤田正二郎の教を受け、現在新国劇中唯一の女優。小柄なれども持味のゆたかな人」(『芝居と映画 名流花形大寫眞帖』1931年1月 冨士新年號附録)と評された久松喜代子さんではないか、と。映画では忠治の子分・長五郎の妻役を演じています。

最後の一枚は忠治(左)が山形屋に乗りこんでいってだまされた百姓の金を奪い返す場面からの一コマでした。

今回キネマ旬報を読み直していて気がついたのですが、同誌の記事や広告だと牧野省三氏はあくまでも「製作総指揮」の位置づけで、監督としては金森万象、二川文太郎、仁科熊彦の三名の名が挙がっていました(JMDbではいずれも助監督扱い)。

1925 – スーパー8 『国定忠治』(澤田正二郎主演、マキノ省三監督)

「8ミリ 劇映画」より

Kunisada Chûji (1925, Tôa Kinema, dir/Makino Shôzô) Early 1970s Sungraph Super8 Print

映畫劇ではない。澤正一派が舞臺では十八番の「國定忠次」をその儘撮影したに過ぎない映畫である。然し澤田正二郎氏の忠次は立派に成功して居る。舞臺で聞く彼獨特の沈痛な臺詞こそ聞かれないが、彼一流の力強い演技は映畫に於ても充分味へられた。舞臺から映畫に移つた俳優の誰よりも巧い事は確かである。決して映畫俳優の演技ではない彼の演技が見る者に何の不自然さも感じさせず思はず拍手を惜しませぬ、彼の力強い演技には全く敬服した。その型の好き敏捷な動作は舞臺同様觀客を唸らせずに置かない。牧野省三氏の監督は映畫劇としては成功して居ないけれど澤正を活かした事は成功して居るそして舞臺俳優を使つて短日時の内にこれ丈のものを作り上げる事は恐らく氏以外にはあるまいと思はせた。老練と云ふ言葉が滿ちている監督振りである。俳優は澤正以外全くゼロで澤正ピカ一である事は止むを得ない。場面では山形屋の痛快さで唸らせ最後の落入りで十分泣かせて居る。

「主要映画批評:國定忠次」
(山本綠葉『キネマ旬報』183号 大正14年1月21日付)

関東一帯の不作と、悪政に苦しむ百姓を見かねた上州長脇差・国定忠治は悪代官を血祭に上げ、一党三百名と共に、関八州の捕手を向うに廻して赤城の山に立てこもった。しかし川田屋惣次などの情義により赤城の山を降りることにした。

「赤城の山も今宵が限り、生れ故郷の国定村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛いい子分の手前等とも別れ別れになる門出だ。加賀の国の住人・小松五郎義兼が鍛えし技物、万年田、溜の雪水に清めて、俺には生涯手前という強え味方があったのだ」……忠治は一人旅に出る。

その道中、通りがかった権堂の宿場外れで、百姓喜衛門の難儀を知り、事情を聞いて山形屋に乗りこみ、だまし取られた金を取り戻してやる。

忠治に恥ずかしめられた山形屋は、子分と共に小松原に待ち伏せ、闇討ちせんと企てたが、白刃一閃二閃忠次に切り倒される。 忠治は再び旅へ…

今回宣材の絵葉書紹介にあわせてスキャンをし直しました。強いコントラストのプリントで白飛びが目立つものの解像度が若干改善されました。

[原題]
国定忠治

[公開年]
1925年

[JMDb]
国定忠次

[IMDb]
Kunisada Chûji

[フォーマット]
スーパー8 白黒無声 55メートル 約10分(18コマ/秒)

1928 – スーパー8『坂本龍馬・前編』(枝正義郎監督、阪妻プロ)マツダ映画社版

「阪東妻三郎関連」より

Sakamoto Ryoma (1928, Bantsuma Production, dir/Edamasa Yoshiro)
Matsuda Film Productions Super8 Print

マツダ映画社が戦後、無声映画鑑賞会の会員向けに限定で販売していた『坂本龍馬』8ミリ版。前後編100メートルずつの構成で上映時間はトータル34分。今回入手したのは前編のみで後編用ケースに収められていました。ビネガーシンドロームが進み始めた状態だったため実写はせず一部のスキャンのみ行いました。

『坂本龍馬』に関しては以前に戦前1930年代の伴野9.5ミリ版を紹介しております。比較のため対応場面を並べていきます。

顔の細やかな陰影、衣類のひだなど8ミリ版は細部が潰れてしまっています。それでも決して悪いプリントではありませんよね。一方の9.5ミリ版は上と右のトリミング幅が大きく人物の頭が見切れてしまっています。パーフォレーション(フィルム送り用の穴)が人物の頭にかかってしまっているため映写時に構図が崩れてしまうのです。構図に関してはマツダ映画社版がオリジナルに忠実という結果になりました。

2年前にフラットベッドスキャナーで取り込んだ画像データ。上部中央の穴(パーフォレーション)が頭にかかってしまっています

画質以上の大きな違いは編集方針です。

8ミリ版は「つなぎ」の場面を多く含んでいます。薩長土の連合に向けた打ちあわせのため、龍馬が寺田屋から駕籠で薩摩藩邸に向かうところで見回り中の新選組がその姿を認め情報収集を行います。この場面は8ミリ版のみ収録。

また寺田屋襲撃の場面でも龍馬が一旦はお龍(森静子)を逃してから新選組との死闘に向かいます。その後寺田屋2階の窓から脱出し、なんとか川辺に辿りついたところをお龍らの乗った小舟によって救われる…という展開です。9.5ミリ版では最初のお龍を逃す場面が欠けています。そのためお龍たちが唐突にどこからともなく助けにやってくるやや不自然な流れになっていました。

9.5ミリ版は細かなつなぎの場面を省略する代わりに、藩邸での龍馬の弁舌や寺田屋での立ち回りを長く収録。

どちらが良いという単純な問題ではないのですが、すでにスクリーンで作品を見ていて流れを知っている視聴者にとっては名場面を長く収めた9.5ミリ版の方が見ごたえがあるのかなと思います。一方の8ミリ版は全体の流れが分かりやすく初見に優しい構成となっていました。

気になったのは龍馬が後藤象二郎に大政奉還の建白書提出を持ちかける場面。

流れ的に同じ場面なのですが8ミリ版では龍馬を単体で捉えているのに対し、9.5ミリ版では後藤象二郎の肩越しに龍馬を捉える構図になっています。どちらも元の35ミリネガに含まれていてマツダ版と伴野版では選んだ場面が異なっていたのかもしれません。そうでないとすると別テイクに差し替えられていた可能性が出てきます。

[原題]
坂本龍馬

[公開年]
1928年

[JMDb]
坂本龍馬

[IMDb]
Sakamoto Ryôma

[フォーマット]
スーパー8 白黒 100メートル 光学録音

1928 – 9.5mm『坂本龍馬』(枝正義郎監督、阪妻プロ)戦前伴野版

「阪東妻三郎関連」より

Sakamoto Ryoma (1928, Bantsuma Production, dir/Edamasa Yoshiro)
Banno Co., Early 1930s 9.5mm Print

枝正義郎氏を監督に迎えた最初期の龍馬映画9.5ミリ縮約版。100メートルリール2巻物。戦前~戦中期に信濃毎日新聞社のフィルムライブラリーが旧蔵していた品でリール側面に「貸出部」の印がありました。

前半に当たる第一リールでは薩長同盟結成から後藤象二郎らを巻きこんで大政奉還に挑むまでの流れが描かれています。前半ハイライトは新撰組による寺田屋襲撃での立ち回り。足元をとられながらも屋根伝いに逃れ、お龍らが準備していた船に乗りこんで何とか一命をとりとめます。

第二リールとなり、大政奉還を促すため二条城に赴いた象二郎の帰りが遅くなり海援隊内部に動揺が走ります。「この上は二条城に乗りこみ、慶喜討つべし」と隊員が声をあげても沈黙を貫く龍馬。業を煮やした仲間が一人、また一人と去っていく中、龍馬がまさに決断を下さんとしたその時、象二郎が吉報を持ち帰るのです。

第二リール後半は近江屋での龍馬暗殺を描いていきます。本作は京都見廻組による犯行説を採っており展開としては王道。ただ見廻組=実行犯説が定説化してきたのが大正期になってからですので、公開時にはまだ目新しい解釈だったのかなと思われます。

見廻組の佐々木只三郎(春日清)が名を偽って龍馬らに取次ぎを依頼、只三郎は返事を持ってきた下僕の藤吉(浪野光雄)を切って捨てると仲間を誘導し、龍馬と中岡慎太郎(春路謙作)を襲撃します。不意を突かれた龍馬は剣を抜く暇も与えられず、眉間に致命傷を負い、「身は死しても魂は…永久…皇国の…大海原を守護し奉る」と中岡に言い残して力尽きるのでした。

◇◇◇

伴野版の『坂本龍馬』はチャンバラと呼べる場面は前半の寺田屋しか見当たらず、それも決して派手な立ち回りではありませんでした。龍馬を剣豪、あるいはアクションヒーローとして扱おうとする意図はなかったと思われます。

また全長版でクレジットされている西郷隆盛や勝海舟は数秒のみ登場、女優陣(森静子、西條香代子、泉春子)の出演場面もカットされています。経済思想家、あるいは私人龍馬の姿はここにはありません。

30分弱に切り詰められたダイジェスト版で強調されていたのは、国の行く末を案じ、天皇主体の新たな日本を作るため組織間の調整に身を削り、夢半ばで倒れていく憂国の士、龍馬でした。

端々のセリフ(「それは皇国に殉する言葉ではなくて」「将軍家に一矢を報ひ皇国の爲に気を吐きませうぞ」)から伺えるように元々の脚本にそういった側面は含まれていたようです。その意味では戦後に流布した無頼派で、海外の諸事情に明るく、超派閥的に時代を動かしていく自由人の龍馬像とは根本的に違った設定です。9.5ミリ版編集は1930年代に行われたため、時代の要請として皇国史観や滅私奉公の要素が強調された可能性は高いと思われます。

もう一点重要な指摘として、1928年版『坂本龍馬』は撮影アングルや照明を重要視した映画作りとなっています。

寺田屋立ち回りでのミドルショットでは左側からメインの照明を当てつつ、陰が出すぎないよう右側から補助の光を照射(襟元の影で分かります)。さらに黒い髪が背景と一体化しないよう背後上から光を当て後光のような輪郭を形成しています。これは「ハリウッド式の3点ライティング」を採用した典型的作例です。

殺陣の速度感や迫力は『雄呂血』に軍配があがるものの、あの立ち回りは屋外ロケの自然光下で撮影されたもので光や陰に対する配慮は感じられませんでした。カメラマンとして業界で名を成した枝正義郎氏はコントラストや構図を重視。ハリウッドでは1920年代以降スタジオ撮影の比重が上がるにつれて照明の重要性が増し「ライティングで狙った絵を作る」発想が顕著になってきます。枝正氏はそういった傾向を自作に取り込もうとしているのです。『坂本龍馬』を評価する際もそういった要素を考慮する必要があるだろうと考えられます。

[原題]
坂本龍馬

[公開年]
1928年

[JMDb]
坂本龍馬

[IMDb]
Sakamoto Ryôma

[フォーマット]
9.5ミリ 白黒無声 100メートル×2巻 ノッチ無

1913 – 『プロテア』(エクレール社、ヴィクトラン・ジャッセ監督) 仏シネマテーク・フランセーズ 2Kデジタル版を見る

「『ジゴマ』/ヴィクトラン・ジャッセ [Zigomar / Victorin-Hippolyte Jasset]」より

Protéa (1913, Eclair, dir/Victorin-Hippolyte Jasset)
La Cinémathèque Française 2K Restauration

『ジゴマ』(1911年)で知られるジャッセ監督による犯罪活劇物で、1913年に他界した同監督の遺作となったものです。不完全なフィルムの現存は以前から知られており、1998年に複数のネガ(35mm/16mm)を元に修復版が作成され、2013年に2Kデジタル化が行われました。

デジタル版はシネマテーク・フランセーズの公式サイトで視聴可能。中盤にフィルムの見つかっていない個所があり字幕で補完する形になっています。

物語の大枠としては、欧州の架空の国メッセニア、セルティア、スラヴォニア3国の緊張関係を背景とし、セルティアとスラヴォニア間で秘密裏に締結された条約にメッセニアの外務大臣が危機感を抱きます。指示を受けた同国の警視総監(シャルル・クラウス)は旧知の女スパイ・プロテア(ジョゼット・アンドリオ)に条約の草案奪取を依頼します。

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プロテアは収監中である相棒の「ウナギ(アンギーユ)」の釈放を条件に依頼を引き受けます。

ウナギ(アンギーユ)役のリュシアン・バタイユ

ウナギ(アンギーユ)と合流したプロテアはセルティアに向かうのですが同国ではすでに間諜潜入の知らせを受けており、二人の捕縛に乗り出していきます。プロテアとウナギ(アンギーユ)は次々と姿を変えながら条約の草案を盗み出し、お尋ね者の身となりながらメッセニアへの国境に向かっていく…

物語はシンプルながら登場人物が多いためフランス語字幕では関係が見えにくいかもしれません。春江堂から出ていた日本語小説版が内容理解の助けになるかと思います。

『探偵活劇 プロテア』
(1916年、春江堂、筑峰 翻案)

見どころについては実際に見てもらうのが一番だと思います。個人的に指摘しておきたいポイントが2つ。

1点目は冒頭の人物紹介の場面です。『ジゴマ』、『ファントマ』など当時の仏連続活劇では冒頭で主人公が様々な姿に身を変えて変装の達人ぶりを強調しています。『プロテア』も同じ「型」をなぞっているのですがフレームを使用することで絵のように見せています。枠のデザインはアールヌーヴォーの影響を受けており若い頃に画家を志していたジャッセ監督の趣味を強く反映しています。

プロテアの相棒「ウナギ(アンギーユ)」の紹介では枠そのものにウナギのデザインを採用。やはりアールヌーヴォー期の日本趣味、東洋趣味にインスパイアされた発想です。1:1.33の画面を使って何をどう見せるか、卓越した構図力がジャッセの強みだった訳で『プロテア』では冒頭からそのセンスを発揮しているといえます。

もう1点は作品中盤、プロテアと相棒が機密書類を盗みに入る場面。この時に二人がまとっていたタイトな黒装束は後にフイヤード監督作『レ・ヴァンピール』(1915年)のミュジドラ、さらに同作へのオマージュである『イルマ・ヴェップ』(1996年)のマギー・チャンに受け継がれていくものです。

『レ・ヴァンピール』(1915年)でのミュジドラ

『イルマ・ヴェップ』(1996年)でのマギー・チャン

暗闇に乗じて暗躍する悪党団の不気味さ、身体のラインを強調したフェティッシュなエロスを混在させる想像力はフランス連続活劇特有のもので、ハリウッド物との差別化を図る重要な要素となっていました。

[原題]
Protéa

[公開年]
1913

[IMDB]
Protéa

1917年頃 仏エクレール社 業務用貸出フィルムカタログ

「『ジゴマ』/ヴィクトラン・ジャッセ [Zigomar / Victorin-Hippolyte Jasset]」より

c1917 « Extrait du catalogue des films en location » (Union/Films Eclair)

『ジゴマ』や『プロテア』で成功を収めた仏エクレール社が業務用(個人ではなく映画館向け)に配布していたカタログ。サイズは縦21.0×横13.5センチ。計20ページで、メモ用の罫線が引かれた最後の2ぺージ以外の18ページが作品目録に割かれています。

表紙には社名、タイトル、所在地、電報番号、電話番号が記載されており、開くとすぐにカタログが始まります。「劇映画」として199作、「喜劇」124作、「お笑いと舞台芸」100作、「ドキュメンタリー」108作の4つのカテゴリーに分けられており、計531本のフィルムがリストアップされていました。

カタログの一番目立つ最初に置かれているのはジャッセ監督による『ジゴマ』第一篇と第二篇。その後も『プロテア』などジャッセ作品を中心としたリストが続き、同監督がエクレール社の花形監督だった様子が伝わってきます。

ちなみに『プロテア』に関しては

「プロテア 第1篇 ……… 1,475
 プロテア 第2篇 ……… 1,315
 プロテア 第3篇 ……… 2,031
   -     ……… 1,710
   -     ……… 1,330」

という書き方になっています。これはプロテア第3篇が3話物として公開された状況を受けたものです。

また「劇映画」欄の後半にはシャーロック・ホームズ・シリーズをまとめて掲載。1912年にジョルジュ・トレヴィル監督主演で製作されたもので、数作(「マスグレーヴ家の儀式」「ぶな屋敷」)が現存しています。

続く「喜劇」の項目では、同一主人公によるシリーズ物が多く紹介されていました。「ウィリー少年物」が一番本数が多く(23作)、そのあとにゴントラン連作、ガブロッシュ連作、カジミール連作…と続いていきます。

作品の公開時期に目をやると1917年9月に公開された『プロテア』第4篇は載っていないのに対し、それ以前に製作・公開された『プロテア』第1〜3篇が掲載されています。その他の作品も1917年春公開の作品まで掲載(1917年5月公開『黒大尉 Le Captaine noir』、1917年4月公開『見えない死 Le Mort invisible』)。1917年半ばに製作・配布されたカタログだと思われます。

1915 -「小供俳優(其二):ウイリー・ランダース君」 (森田淸『キネマ・レコード』誌1915年3月号)

« The Popular Child-players Series »
(Morita Kiyoshi, in « Kinema Record » 1915 March Issue)

ゴーモン在社時代のボビー君が演じたその喜劇シリーズが盛んに輸入された過去二三年は恰も我が活動界は此の少年俳優の無邪氣な喜劇によつて蹂躙されてゐたが間も無く此処に同じ佛國エクレール會社の少年俳優ウイリー君の演じた喜劇のシリーズが現れて來たのであつた。最初少年俳優と云へばボビー君より知らなかつた人は此の新顔のウイリー君を見てなかなか侮り難い巧な藝を持つた小供だと云つてゐた。多くの愛活連中の中にはボビー君とウイリー君との色々な點を比べてやれボビーより顔が悪いの可愛らしくないの等と口憤泡を飛ばして論じてゐた事もあつた。その位であつたからボビー物を見た人は必ずウイリー物も欠かさずに見る位二人の喜劇映畫が流行したのであつたがかなしいかな當今ではウイリー君の喜劇は全く我が國へは輸入されなくなつて時々ボビーがパテーへ入社してからのものが輸入されるのみである。

私の初めてウイリー君の喜劇を見たのは大正元年八月淺草金龍館で映寫した「ウイリーのボート」 »Willy’s sailor suit » 次いで同じく福和館で映寫した「ウイリーの計略」 »Willy’s ruse » 同じく金龍館で映寫した「ウイリーとジゴマ」 »Willy wants to be like Nick Carter » 等の數本であつた。[…]

「小供俳優(其二):ウイリー・ランダース君」
(森田淸『キネマ・レコード』誌1915年3月号)

1915年のキネマ・レコード誌に掲載されていた記事からの一節で、仏エクレール社のウィリー君喜劇について日本語で残された数少ない紹介文。比較対象として何度か名の上がっているボビー君とはルイ・フイヤード監督による「ベベ(Bébé)」連作で、1912~13年頃の日本でこの二つのシリーズが人気を博していた様子が伝わってくる一文です。

EYE映画博物館 ジャン・デスメット・コレクション収蔵の初期エクレール社喜劇短編

『ジャン・デスメットと初期オランダのフィルムトレード』(Ivo Blom著、2003年、アムステルダム大学出版)

『ジャン・デスメットの夢工場:映画フィルム冒険時代 1907-1916』(EYE映画博物館編、2015年、 nai010出版社)

20世紀初頭に映画配給者として活動していたジャン・デスメット(Jean Desmet)氏の35ミリフィルム・コレクションは現在ユネスコの記憶遺産に指定されています。現在フィルムはオランダのEYE映画博物館が管理していて同組織のYouTube公式でデジタル版を見ることが可能です。

コレクションには仏エクレール社の作品も多く含まれています。その中で同社が制作していた喜劇短編を整理してみました。

1:ウィリー少年物

英リヴァプール出身のウィリー君(本名 William Jackson)を主演に据えたジュヴナイル・コメディ。小憎らしい表情を浮かべた少年が様々なシチュエーションでドタバタと笑いを引き起こしていく内容で、ゴーモン社の「ベベ」シリーズ(ルイ・フイヤード監督)と人気を競っていました。

『ウィリー少年と老求婚者』
(Willy et le vieux soupirant、1912) IMDB/YouTube

『管理人の王ウィリー』
(Willy roi des concierges、1912) IMDB/YouTube

2:ゴントラン物

カイゼル髭を生やしたゴントラン君を主人公に据えた連作で、主演はルネ・グレアン(René Gréhan)。他シリーズに比べ攻撃性や破壊力は控えめで、展開にロマッチック・コメディの要素を含んでいます。

『ゴントラン君と麗しき謎の隣人』
(Gontran et la voisine inconnue、1913) YouTube

3:ガヴロッシュ物

破天荒な太眉キャラでエクレール喜劇の中心となっていたのがポール・ベルト(Paul Bertho)でした。初期作品でぽっちゃり系喜劇女優サラ・デュアメルとの共演で息の合った凸凹ぶりを見せています

『ガブロッシュ君の遊園地』
(Gavroche au Luna-Park、1912)IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の傘屋』
(Gavroche vend des parapluies、1913) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の狩猟夢』
(Gavroche rêve de grandes chasses、1912) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君の玉の輿』
(Gavroche veut faire un riche mariage、1912) IMDB/YouTube

『ガブロッシュ君とカジミール君の肉体改造』
(Gavroche et casimir s’entrainent、1913) IMDB/YouTube

映画史上に残る作品ではないもののいずれも及第点以上の出来映え。

米語には「忘れられた喜劇俳優(Forgotten Clowns)」の呼び方があって、戦前期の無名の喜劇役者を一括で評価していく動きを見ることができます。ごく一部にコレクターが存在、略歴や作品データをまとめた書籍が公刊されていたりするのです。

実際はそういった動きが始まってすらいない国の方が多いわけで初期エクレール喜劇についても正当な評価にはまだ時間がかかりそうです。それにしても、かつて無声映画祭の特別企画でしか見ることのできなかった作品が当たり前のようにYouTubeで公開されている状況は驚くべきものがあります。

キャスリーン・クリフォード Kathleen Clifford (1887 – 1962) 米

Kathleen Clifford Late 1910s Inscribed Photo

男装のヴォードヴィル芸人として、キャスリーン・クリフォードは山高帽、燕尾服に方眼鏡姿で登場していた。垢ぬけたファッション感覚で「町一番の伊達男」の異名を受けることとなつた。

「昔活躍していた男装芸人キャスリーン・クリフォードが
シャーロッツヴィル出身だった件について」
シャーロッツヴィル・コム

As a male impersonator doing vaudeville, Clifford wore a top hat, coattails and a monocle. Her smart fashion sense earned her the nickname “the Smartest Chap in Town.”

« Early male impersonator Kathleen Clifford had Charlottesville origins »
C-Ville.com

1910年代から30年代にかけ、米舞台で「男装の麗人」として人気を博していたのがキャスリーン・クリフォードでした。燕尾服に山高帽姿で歌や踊りを披露、衣服を自前で作り楽曲も自身で手掛けるなどマルチな才能の持ち主だったそうです。

1917年11月17日付「ムービング・ピクチャー・ワールド」誌より『ナムバーワン』広告

遺憾で堪らなかつたのは、後に殘されたエミー孃であつた。
『私も一緒に行き度いな。』
と何度いつても、とうとう許されなかつた。
一行を見送つて、すごすごと室に這入つたエミー孃、自分の室には行かず、エーリー君の室にと這入つた。
『そうだ私は女だから行けないんだ、男でさえあれば、何處までも一緒に行けるんだ。』
と獨り言し乍ら、手早く自分の着物をぬぎすて、エーリー君の服を着て、忽ち男となり濟ました。
一寸姿見の前に現はれて、
『オゝ是で立派な男になつた。
是なれば何處までも御伴が出來るんだ。』
といつてニツコと笑つて、スタスタと二階から駈け下りて往来にと出た。

探偵大活劇『ナムバァワン』
(浦峰雪訳、春江堂書店、「大活劇文庫」、1919年)

1917年、パラマウント社による初の連続活劇『ナムバァワン』で主人公に抜擢されます。同作ではヒロインによる男装場面が含まれていて彼女の資質や知名度を生かしたものだったようです。舞台活動をメインとしていたため映画出演は断続的となりましたが、そのうちの一つダグラス・フェアバンクス主演作の『暗雲動く時(When the Clouds Roll By)』が現存しています。

1919年『暗雲動く時』(When the Clouds Roll By)より

[IMDb]
Kathleen Clifford

[Movie Walker]
キャスリーン・クリフォード

[出身地]
合衆国(ヴァージニア州)

[生年月日]
2月16日